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タイトル:プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫) |
| 著者: マックス ヴェーバー 大塚 久雄 |
| 価格:New¥ 903 / Used¥ 240 |
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レビュー1 論旨は商品の説明の要約にある通りなのだが、本書は日本人が理解しにくい(誤読しやすい)箇所がいくつかある。その大部分については訳者の大塚久雄氏の解説によりフォローされている。先入観無しに精読したい向きを除いては、まずは本書末の解説を先に読むと理解の助けになるだろう。特に「禁欲」「史的多元論」は正確に把握しておきたい。本訳と本解説についての大塚氏の功績は大きい。
しかし大塚氏の認識にも大きな誤りがあることが現在では指摘されている。その誤りとはヴェーバーをあたかも西洋近代合理資本主義の信奉者であるかのように受け取る通説で、大塚氏に限らずヴェーバー研究史においてドイツでも見られた通説だという。
そのあたりの、実は近代主義の批判者であったヴェーバーの一面を読み解くには案外難しく、本書を読み解くだけではさらに難しい(本書p365に“鉄の檻”として示唆...
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レビュー2 利益追求を目的とする近代資本主義を生み出したのは、禁欲的なプロテスタンティズムである。世俗の富の蓄積は慎むべきであるというプロテスタンティズムが実は資本主義に見られる富の蓄積を推進させる土台となったのである、というこの矛盾するかに見える説をウェーバーは論理的に証明していく。
ウェーバーの言う「資本主義の精神」とは「自分の資本を増加させることを自己目的と考えるのが各人の義務だという思想」である。これこそが近代資本主義を形作るエートスであり、単に利益を追求する営利行為だけでこのエートスが欠けていれば近代資本主義は生まれないのである。これはプロテスタントの宗教教育、カルヴィニズムが個人の救いを得るために勤労という手段を選んだことで生じたものだった。プロテスタンティズムの世俗内的禁欲は、消費を圧殺し、財の獲得を伝統主義的倫理の障害から解き放つという役割を果たしたのである。それゆえ得られ...
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